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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)5675号 判決 1966年2月15日

原告 南大阪プリンス自動車株式会社

右代表者代表取締役 夏秋伸一郎

右訴訟代理人弁護士 高田喜雄

右訴訟復代理人弁護士 中島純一

被告 山城柔

右訴訟代理人弁護士 森原弥三郎

同 冬柴鉄三

右森原弥三郎訴訟復代理人弁護士 平山成信

主文

被告は、原告に対し、原告から金一七五、〇〇〇円の支払を受けるのと引換に、別紙目録記載の自動車の換価処分による供託金一五六、一四〇円を引渡せ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し別紙目録記載の自動車の換価処分による供託金一五六、一四〇円を引渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は、昭和三八年一一月二六日、相沢弘こと宋仁変に対し、原告所有の別紙目録記載の自動車(以下本件自動車という)を、代金は金一、二四九、〇六六円と定め、支払方法は同日うち金一八〇、〇〇〇円を支払い、残額を昭和三九年二月一五日から二四回の月賦払とし、代金完済まで原告に本件自動車の所有権を留保すること、原告は宋仁変に本件自動車を使用させるが、宋仁変が右月賦金の支払を一回でも怠ったときは別段の意思表示なくして本件自動車の使用貸借は解除され、原告はその返還を求めうることとの約定で、売渡した。

二、宋仁変は、右月賦金のうち昭和三九年六月一五日の支払分以降残額金八八九、〇〇〇円の支払をしない。

三、被告は、本件自動車を占有している。

四、原告は、昭和三九年一〇月一六日、被告に対する当庁昭和三九年(ヨ)第三、六三六号仮処分決定にもとづき、本件自動車について仮処分執行をなし、昭和四〇年八月二一日、当庁昭和四〇年(保モ)第二、七六〇号換価命令により本件自動車を換価処分し、その換価金一五六、一四〇円が供託された。

五、よって原告は、被告に対し、所有権にもとづき、本件自動車に代わるその換価処分による供託金一五六、一四〇円の引渡を求める。

次いで原告訴訟代理人は、被告の抗弁について、次のとおり述べた。

(一)  被告主張の二の事実中修理代金が金二五一、九〇八円であることは否認するが、その余の事実は認める。

(二)  原告は、昭和三九年一〇月一六日、被告に対する当庁昭和三九年(ヨ)第三、六三六号仮処分決定にもとづく仮処分執行として、本件自動車につき被告の占有を解いてこれを執行吏に占有させたものである。被告は、本件自動車の占有を失ったから留置権を主張しえない。

(三)  仮に右主張が認められないとしても、被告は、昭和三九年四月一〇日頃から同年一〇月一六日までの間本件自動車を自己の運送の用具として無断使用していたから、原告は、昭和四〇年六月一六日の本件口頭弁論期日において、被告に対し、留置権の消滅を請求する。

証拠≪省略≫

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。

一、原告主張の一ないし四の事実は認める。

二、被告は、昭和三九年三月頃、宋仁変から事故により大破した本件自動車について、代金は修理後即金払いの約定でその修理を請負い、同年四月一〇日、修理を完成した。右修理代金は金二五一、九〇八円である。

三、右修理代金二五一、九〇八円は本件自動車に関して生じたものであるから、その支払あるまで本件自動車につき留置権を行使する。

次いで被告訴訟代理人は、原告の再抗弁について、次のとおり述べた。

(一)  原告主張の(二)の事実中原告は、昭和三九年一〇月一六日、被告に対する当庁昭和三九年(ヨ)第三、六三六号仮処分決定にもとづく仮処分執行として、本件自動車につき被告の占有を解いてこれを執行吏に占有させたものであることは認めるが、これによって被告が本件自動車について留置権を失うことはない。(三)の事実は否認する。

(二)  仮りに被告の留置権の主張が認められないとしても、被告は、本件自動車を修理し、その費用として金二五一、九〇八円を要した。この費用は本件自動車を保存する為に費した必要費であるから、被告は、本件自動車の占有者として、原告に対し、右費用の償還請求権を有する。よって被告は、昭和四〇年一二月六日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、予備的に右費用償還請求権と、原告の被告に対する本件自動車の換価代金返還請求権とを対等額で相殺する意思表示をなすものである。

証拠≪省略≫

理由

一、原告主張の前記一ないし四の事実は当事者間に争いがない。

二、そこで被告の留置権の主張について考える。

被告は、昭和三九年三月頃、宋仁変から事故により大破した本件自動車について、代金は修理後即金払いの約定でその修理を請負い、同年四月一〇日、修理を完成したことは当事者間に争いがない。被告は、右修理代金は金二五一、九〇八円である旨主張しており、≪証拠省略≫によると、被告は、昭和三九年四月一〇日付で宋仁変宛に本件自動車の修理代金として金二五一、九〇八円の請求書を作成したことが認められるが、本件全証拠によっても被告と宋仁変との間に右修理代金を金二五一、九〇八円とする旨の合意がなされていたことを認めることはできず、≪証拠省略≫を綜合すると、宋仁変は、昭和三九年三月二六日、大破した状態の本件自動車を原告に示してその修理代の見積りを求めたところ、原告は、修理代を金一八〇、三六〇円と見積ったが、原告は自ら修理するのではなく、下請会社に修理をさせるため、直接に修理工場に依頼するよりも修理費が高くつく旨説明したので、宋仁変は、その直後に被告に対して本件自動車の修理を金一七五、〇〇〇円でするよう依頼したこと、被告は、本件自動車の返還を請求しにいった原告の職員水野泰男に対し、修理代金一七五、〇〇〇円が未払である旨告げたことが認められ、これらの事実を合わせ考えると、被告と宋仁変との間に本件自動車の修理代金は金一七五、〇〇〇円とする旨の合意がなされていたものと認めることができ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分はたやすく措信し難い。

被告は、宋仁変に対し、右修理代金一七五、〇〇〇円の債権を有するものであり、この債権は、本件自動車に関して生じたものであるから、被告は、右債権の弁済を受けるまで本件自動車を留置しうるものである。

三、原告は、被告は仮処分執行により本件自動車の占有を失ったから留置権を主張しえない旨主張するので考える。

原告は、昭和三九年一〇月一六日、被告に対する当庁昭和三九年(ヨ)第三、六三六号仮処分決定にもとづく仮処分執行として、本件自動車につき被告の占有を解いてこれを執行吏に占有させたものであることは当事者間に争いがないが、右の仮処分執行は、原告の被告に対する本件自動車引渡請求権を保全するため、訴訟法上、仮定的暫定的な法律状態を形成するものであって、仮処分の制度はその仮定的暫定的な法律状態の当否を後になされる本案訴訟の当否にかからしめる構造をとるものであるから、仮処分執行の結果生じた状態を本案訴訟の当否を決する資料に供することは右の構造に矛盾することとなり許されない。もしこのようなことを許し、被告は仮処分執行により既に本件自動車の占有を失っていることを本件請求の当否の判断資料とするならば、留置権についての判断以前に、そもそも原告の被告に対する本件自動車の引渡請求権自体存しないこととなり、原告敗訴となる結果、右仮処分も又許されないものとなり、本件自動車は再び被告に返還されねばならないこととなる本末転倒の不合理を生ずるのである。従って本件請求については仮処分執行による結果を全く考慮に入れることなくその当否を決すべきもので、原告の右主張は理由がない。

四、次に原告の留置権消滅の請求について判断する。

なるほど≪証拠省略≫によると、原告の職員が昭和三九年九月二二日に本件自動車を調査した際作成した下取車査定調査表の走行距離欄には九、九五一粁、同年一一月二日に調査した際作成した同調査表の走行距離欄には一〇、六八八粁と記載されていること、水野泰男は、被告が同年九月末頃、二、三回本件自動車を走らせているのを目撃したことなど被告が本件自動車を常時自己の用途に使用していたと推認する資料となりうるかの如き事実も認められるが、他方≪証拠省略≫を綜合すると、原告の職員が同年三月二六日に本件自動車を調べた際にはその走行距離は一一、八一四粁となっていてその後の調査時よりも粁数が多かったこと、同年九月二二日に調査した右調査表の走行距離欄には何故か「?」の記号が記入されていること、被告は、本件自動車を被告方ガレージに保管し、時々工場まで運んでバッテリーの点検、充電等をしていたことなど前記の推認を妨げる事実も認められ、これら事実を合わせ考えると、本件自動車の走行距離を示す計器が正常であったか否かは、甚だ疑わしく、被告が本件自動車を保管場所から点検整備のために工場まで運ぶことはあっても、それ以外に自己の用途に常時使用していたものとは直ちに断定し難く、結局本件全証拠によるも被告が本件自動車をその保存に必要な程度をこえて使用していたことを認めるには足りない。原告の留置権消滅の請求は理由がない。

よって、原告は、被告に対し、右修理代金一七五、〇〇〇円の支払をなすのと引換えでなければ本件自動車の引渡を求めることはできないというべきである。従って被告の相殺の主張については判断しない。

五、ところで本件自動車は仮処分執行がなされた後換価処分され、その換価金一五六、一四〇円が供託されたことは前記一、のとおりであるが、右供託金は本件自動車に代わるもので法律上本件自動車と同一視されるものであるから、原告は、被告に対し、右金一七五、〇〇〇円の支払と引換に、本件自動車の所有権にもとづき、本件自動車に代わるその換価処分による供託金一五六、一四〇円の引渡を求めることができる。

六、よって原告の請求は主文第一項掲記の限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山本矩夫)

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